《おくのほそ道》四月十三日 〔016〕
《おくのほそ道》
それより、八幡宮に詣、与一宗高、扇の的を射し時、別てハ我国、氏神正八まんと、ちかひしも、此神社にて侍ると聞バ、感應殊しきりに覚えラルる。暮れバ、桃翠宅に帰る。
一 十三日 天気吉。津久井氏被見廻テ、八幡ヘ参詣被誘引。
今の我々にも、『平家物語』のエピソードとして知られている那須与一。
そこでは「南無八幡大菩薩、別してはわが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の温泉大明神、願はくはあの扇の真中射させたばせたまへ」と。
(なお、芭蕉一行を案内した津久井氏は、明日に登場してもらう俳号・翅輪のことかと思います。)
「八幡宮」は、現在大田原市南金丸の金丸八幡宮。通称・那須神社。
那須氏、芦野氏の氏神であり、那須七騎が活躍したこの地の総社。
・那須七騎は、
宗家那須氏と一族・芦野、福原、千本、井王野氏。それに重臣の大田原、大関氏。
(後に黒羽藩の領主となった大関氏は、15世紀、高増が大田原氏から養子にはいって跡を継いだ。鹿子畑兄弟の祖先は、そのとき高増の後見役として一緒に大関氏に従ったようである。)
・那須氏
http://www.harimaya.com/o_kamon1/buke_keizu/html/nasu_k.html
・大田原氏
http://www.harimaya.com/o_kamon1/buke_keizu/html/otawa_k.html
・大関氏
http://www.harimaya.com/o_kamon1/buke_keizu/html/ozeki_k.html
・大関氏と黒羽城については
http://www.iskweb.co.jp/ibj/kyukei/shiro/kurobanejou.htm
シェイクスピアなど(このくくりかた、不遜なのは承知の上ですが)、ギリシャ神話やケルトの伝承などを踏まえているのと同様に、芭蕉など(同上)が、中国の故事や日本の能や歌の遺産をしかりと踏まえているのには、ほんとに、「及ばず」の感がします。
芭蕉の東国武士への思いも、那須では感じられて、少しづつではありますが、芭蕉さんの素顔が見えてきたような・・・(もちろん、錯覚ですが)。